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2012-01-27

「新しい日本型資本主義を考える会」を支持する。さよならグローバル資本主義。

衆議院議員の山田としおさんが、
新しい日本型資本主義を考える会」を立ち上げるらしい。
http://ameblo.jp/toshio-yamada/entry-11138474305.html
大賛同します。

今のままの市場原理主義、新自由主義で、
国際的な金融資本経済に巻き込まれたままでこの国の将来を描けるのか

という問題意識とか、

複雑極まりないITを駆使した国際金融のグローバル化は止めようがないかもしれません。しかし、

そこに各国の特性を踏まえた国柄の尊重、
お互いの発展を念頭に置いた連携のあり方、知的財産権の尊重、

自国の論理を押し付けるのでなく
各国が等しく発展できるルールづくりがなされなければならないのです

というお考え、もろもろ同意です。

「グローバル経済」とか「グローバル市場」とか「グローバリゼーション」という
「グローバル化」とは、何だったんでしょうか。

「国境をこえて、ルールを均一化して、
商売をやりやすくしよう、投資をやりやすくしよう」・・・

が、もともと違う者どうし、利害は当然争うわけで
ルールを一緒にしようとすればするほど、国どうしの関係はぎくしゃくする。

その策定方法も外交交渉で決まるので、けっきょく外交の強いほうが勝ってしまう。

しかも交渉の過程は非公開で、国民の声の届かない場所で行われるので、
国民国家における国家主権を超越するものといわれる。

なのにそれによる影響は、
経済だけじゃなく、社会、環境、安全、健康、文化・・・

国民生活のあらゆる隅々に及び、害を与え、国柄を損ねる可能性もある。

少し前までは国内が"主"で世界が"従"だったのが
今は世界が"主"で国内が"従"になってしまってる

法律を変える場合、国民の利益になるように変えるのが普通だが、
企業が投資しやすいように変えるとはどういうことなんだろう

と柴山桂太さんがまったくその通りなことをおっしゃってました。

グローバル資本主義で受けた傷は、グローバル資本主義では治せない」とも。

・・・「今のままの市場原理主義、新自由主義で、
国際的な金融資本経済に巻き込まれたままでこの国の将来を描けるのか」

描けませんよね。

描けません。

日本は今、世界に市場を開ききるべきじゃない。

「他国の市場を開かせる」なんて殊勝なことをおっしゃいますが、
ゼロサムゲームが世界を救うわけない。
どこの国も大変です。開ききったところで、共倒れ。

日本はまだグローバル化しきってない。これは不幸中の幸いで、

もともと内需大国なんだから、内需拡大を目指し、国力を蓄えるほうがいい。

GDPに占める貿易の割合はずっと1割。韓国は5割です。状況が全然違う。

保護貿易と自由貿易は矛盾しない。程度の問題だ。
個別産業や各国情勢によってそれらは使い分けられるべきなんだ。

一体なにが一番大事なんだろう?

日本に利益をもたらさない、すでに多国籍企業化してしまった
グローバル企業の利益が第一なんだろうか?

それは国民国家の政府がやることなの?

国民の豊かさが第一なら、国内産業・国内企業を助けて、
労働者へ、消費者へ、国内でお金が循環するようにしなきゃいけない。

なによりまず迅速に、デフレを是正しなきゃいけない。

デフレは資本が動かない状態、いわば資本主義が死んだ状態なんだって。

「そんな異常事態をいつまでも放っておく官僚も政治家も、経済政策能力ゼロ」

なんだそう。

このデフレ是正に有効な金融緩和と財政出動も
グローバル化した後では、効果を得られなくなってしまうそう。

少なくとも今の世界で、今の日本で、これ以上グローバル化しちゃだめだ。

方針転換。これ不可避。

「日本型資本主義」・・・

これが救済策になるって期待してる。

日本だけじゃなくって、同じ考え方で
各国が各国なりの資本主義のかたちをやってけばいいと思う。

貿易は必要なものだけど、国家を超えるほどの存在感を持っちゃだめだ。
国境を越えた世界の均一化なんて、無理です。

せめて国民統合がなされた国家では、

国家単位で、国民主体で、経済を考える。それって基本じゃないだろうか。

国家の力は、国民の生産力。

国民不在の経済自由主義じゃなく、国民主体の経済ナショナリズム。

各国とも、それを考える時じゃなかろうか。

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「イノベーション」?なんだそりゃ施策方針演説

今、国会の施政方針演説を衆議院TV
http://www.shugiintv.go.jp/jp/index.php で見てます。

火曜は10時から34時まで仕事。
昼12時前に帰宅して翌朝の出勤まで、18時間寝てしまいました。
昨日は終電で帰ってこれたので、今朝はゆっくりできてます。わーい。

「イノベーション」とか「フロンティア」とか「待ったなし」とか「不退転」とか・・・

そうみんながよく使う言葉ってわけじゃないと思うんだけど
そう口を揃えて言われると、不気味だよ。同じ人が書いた文章みたい。

「言葉の仕分け」が起きてると誰かが言ったけど、まさにそれ。

響きのいい言葉を選んで、スローガンみたいにして、

印象でおしまい。それ以上の説明は放棄。
あれは説明じゃないよ。説得だよ。

本質が理解されないまま、「なんとなく良さそうな雰囲気」で押し流される
有権者も有権者だけど。

「国の借金=国民の借金」「財政再建=増税」「経済成長=自由貿易」

大きな政府より小さな政府?コンクリートから人へ?
グローバル市場への展開が不可避?

まゆつばでしょ?

国の借金は国民の借金じゃない。日銀って何やってんの・・・

先進諸国の経済危機は、グローバル化の弊害で。
今やるのは保護。

自由貿易と保護貿易は矛盾しない。どちらも必要。

「国難とも呼ぶべき危機」って、そうだよ日本は国難だよ。

現状を正確に把握できず冷静に分析できず反省できず転換できない
これじゃこの先ずっと国難だよ。

イノベーションなんてどうでもいい。フロンティアってなんなんだい。

そういうふわっとした希望的観測はいいから、足元を見てください。

ぐらぐらな地面をいくら蹴ったって、跳べないよ。

イノベーションもフロンティアも、あとにしよう。

求めてるのは、「もっと」じゃなくて「せめて」です。

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2012-01-18

議員定数削減・・・小選挙区制こそ見直しを。

比例80削減て。やめてくれー。
小選挙区は0増5減・・・
単に数を減らして「はい、身を切りました!」じゃダメだよ。
小選挙区制こそ見直そうよ。
というか私は議員定数削減それ自体にも懐疑的です。
人数がいないと民主主義が正常に機能しにくくなるって話です。
一定数減らすにしても、大政党に偏らないよう、広く民意が反映されるよう
配慮を重ねなきゃダメだ。

全国統一選挙って、無謀かなぁ?
最低得票率ラインを設けていけば総意がはかれないかな。
第一次、二次、三次って。
人気投票になっちゃうかな。知名度選手権になっちゃうかな。
その問題は今だって同じだな。
じゃあやる価値あるんじゃないかな。

あと、そう、与党の代表は、総理大臣は、
国民投票で決められないかな。
それこそ"恐るべき民意"を示して大失敗するかもしれないけど
それを経験した有権者は、きっと真剣味が増すんじゃないかな。
今より責任を持って見守るようにならないだろうか。
ちょっと勉強するようにならないかな。

その「勉強」が国民不在の経済学じゃありませんように。
国家と国民、"経験"と"健全な常識"を持ち合わせた「国力学」でありますように。

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今ある日本の「民主主義」・・・

紀伊国屋サザンセミナーの「グローバル恐慌とTPP」は参加できなかったので、
きょう、某所の「TPP亡国論」講演会に行ってきた。

中野剛志さんの講義を生で聞くのは2回目。

私は中野さんに訊いてみたいと思ってることがある。

それは、「中野さんの考える民主主義ってどういうものですか?」ってこと。

日本がTPPに参加した場合に一番失われるものは何か、という質問に、

「民主主義でしょ」と答えてらした。

TPPを民主的手続きで拒否する、つまり国会で否決する、ってことを
やってみればいいと。

グローバル化した世界においては、国家の国民主権、民主主義なんて
失われるんだと。

民主主義を投げ出していいのかと。

そう言う時の「民主主義」という言葉に、力がこもってるなとつねづね感じるので
ぜひ一度、中野さんにとって民主主義ってなんですかと聞いてみたい。
一蹴されそうだけど。

そして、「現状の日本における民主主義はどんな状態にあると思いますか?」と

訊いてみたい。

現時点の世界では、民主主義は最善の国家体制であるらしい。
私もそうだと思ってる。

全員で間違ったほうに行っちゃったり
みんなで決めたんだからと言って、間違っても誰も責任をとらなくて済んだり
そのせいか反省しなかったり
結果、何度でも間違え続けたり

というような、欠点はもちろんあるだろうけど(民主主義のせいじゃないかもしれないけど)
それでも「民主主義だから」と私みたいな一庶民が希望を抱けたりする。

日本における民主主義。
「民衆」が弱まってるのか、
少なくとも最近は、「民衆」というより「個人」が際立ってるように感じる。

"共同体に属して結束している民衆は強いが、
個々人は弱い存在なので
他者に依存し、全体主義に走りやすくなる"、と何かで読んだ。

これがあの、みんなで間違ったほう行っちゃう、っていう現象と合致するので
興味深いなと思った。

現状日本の、民主主義の政治。
この質を上げることは切実な課題だ。

個人が力を取り戻すためには、「共同体」を見直す必要があるのかもしれない。
「民衆」となって磨き合えればいいのかもしれない。

そしたらもう少し、民主政治は息づくかもしれない。

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2012-01-17

「成人の日に尾崎豊」のプチ騒ぎ

成人の日に、尾崎豊が取り沙汰されたようでちょっと笑った。

朝日新聞の社説「成人の日に―尾崎豊を知っているか」
http://www.asahi.com/paper/editorial20120109.html?ref=any

上に対し、翌日アゴラに批判的なブログ記事が。

「若者に"尾崎豊"を強要するのはやめなさい」
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20120110-00000305-agora-soci

「尾崎豊を知っているか」という社説は、
「またオヤジの"居酒屋若者論"か、などと言わずに、聞いてほしい。」
と冒頭に書いてあるとおり、

単なるいち"オヤジ"のつぶやきのようなもので、
特別に取り上げられて、批判されたり賛同されたりするような類のものじゃないと思う。

「親や世の中に従順な若者たち」「大人が優秀というわけじゃない」
「若者自身は自分のことを、とりたてて不幸だと思っていない」
という認識は両者に共通してるように思う。

前者は穏やかに憂いて、とても遠慮がちに若者に語りかけている。

「彼が「卒業」「15の夜」といった曲で歌ったのは、
大人や社会への反発、不信、抵抗。
恵まれていないわけじゃないのに、"ここではない、どこか"を探し、ぶつかり、傷つく。
その心象が、若者の共感を呼んだ。」

「私たちは最近の社説でも、世界の政治は若者が動かし始めたと説き、
若者よ当事者意識を持てと促した。
それだけ社会が危うくなっていると思うからだ。
だから、くどいけれど、きょうも言う。
成人の日ってのは、そんなもんだ。ともあれ、おめでとう。」と。

それに対し後者は、激しめに批判してる。

「今年の新成人が彼の生き方と歌に全面的に共感するとは思えない」
「昭和的価値観、20世紀的価値観にしがみついた考え方ではないだろうか」
「"こうなれ"と押し付けるよりも、"どうなりたいのか?"と傾聴する姿勢を大切にしたい。」

「"若者はかわいそうだ"と感じざるを得なかった。大人もバカで頼りないことを可視化してしまったからだ」
「一つだけ言うならば、今回の朝日新聞の社説や、
歌を歌って失笑を買った阿蘇市長を見て分かるとおり、
別に大人たちが素晴らしい能力や考えの持ち主であるわけではないということだ」

私個人は、阿蘇市長に失笑もしなかったし、前者が「大人もバカで頼りないこと」を露見してるとも思わない。

そりゃ「反骨精神が足りん!」というのは昔気質のセリフかもしれないけど
それ自体は単なるこの人の若者への激励であって、
批判されるほどのものでもない。

後者だって、かなりはっきり"こうなれ"と言っている。

「自分の眼で見て、自分の頭で考えて、自分の言葉で話すことが大事なのだ。
大人にしがみついてはいけない。
新成人よ、"自分はどう思うのか?"と考えるクセをつけ、
自分で自分を支え、試行錯誤をサボらず、紆余曲折を怖がらないで欲しい。
くれぐれも言うが、バイクは盗まなくていい。窓ガラスも壊さなくていいのだ。」

こういうことを言いたがるのは、いわば大人の性だと思う。

なのに、なんでそこまで厳しく批判するんだろう。
べつに理屈があるわけじゃない、いたって感覚的で感情的なこと。

それにしても、この後者の書きぶりに漂う"正論感"はすごい。

「"こうなれ"じゃなく"どうなりたいか"聞く姿勢が大事」。

そりゃごもっともだけども、"こうなれ"だって大事だと私は思うよ。

「昭和的価値観に基づいた考え方」

使い途によってはすごく鋭い指摘になりそうな。

"高好感度の言葉づかい"が上手だなーと思う。

それはさておき、前者にとっては、この後者のような「感覚的批判」は、むしろ喜ばしいものかもしれない。

尾崎豊の話は「反骨精神を持ってほしい」というものの導入に過ぎない。

そして、このふたりの大人は、さほど違わない。

両者とも若者に真剣な想いを持ってるってことでいいと思う。

それは確かで、それに尽きる。

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2012-01-10

「世論調査」も「世論」も疑わしい。

「世論調査」ってどこまで信用できるのか疑わしいなと思う。

けどそれより深刻なのは、「世論」そのものが信用ならないってことだと思う。

「信用ならない」っていうのは、
多数意見が必ずしも正しいわけじゃないってことでもあり、

回答者がどれほど当該問題について真剣に考えてたかどうか疑わしいってことでもある。

問責決議を受けた山岡・一川両大臣について3割が「辞めなくてもよい」と答えたそう。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120109/stt12010910160003-n1.htm
(msn産経ニュース2012.01.09)

「コロコロ代わってちゃ進まないじゃないか」と聞くことがあるが

なにも言いがかりで問責したわけじゃなく、それ相応の理由があったわけで
そんな大臣が居座ったところで、どんな方向に進むっていうんだろうか。

それより、問責決議を受けても辞めなくてよい、そんな前例を作ってしまったら、
どんなへんてこな人が大臣になっても、やめさせられなくなってしまう。

「不適任です!やめてください」と国会で決めたわけで、
国会は国権の最高機関だっていうなら、
国会議員は国民の代表だっていうなら、日本は国民主権だっていうなら、

じゃあ、問責を無視しちゃいかんでしょう。

なのに、「辞めなくてもよい」と答えた人が3割もいたことに、驚く。

そして、「女性宮家」創設については、6割超が「つくる方がよい」と答えたという。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2012010902000023.html
(東京新聞2012.01.09)

この調査の信憑性はさておき、その程度の認識だってことはいえるんじゃないかと思う。

女性宮家の何が問題なのか、なんのための提案なのか、

どれほどの人が真剣に考えて、自分の意見を持ってるだろうかと。

テレビのニュースや新聞の見出しを眺めてるだけでは
そこで見聞きしたもっともらしい論をなぞるだけで
自分の意見のように思えたものは、単なる印象でしかなかったりする。

「TPP反対は大衆迎合だ」と田原総一朗さんが言ったらしいけど、

世論っていうのはたいてい大衆迎合している。

TPPの世論調査では、賛成が5割を超えているらしい。

年末の南日本新聞社の調査による。
5割という数字にがっかりしつつ、それよりも私が気になったのは賛成理由の方だ。

「参加しないと世界の流れに遅れる」とか「世界の流れに逆らってはいけない」というのがトップに上がっている。

前も言ったけど、どうしてこれが理由になるのか、どうしても納得できない。

世界の流れが間違ってることだってあるのに、どうして世界の流れに乗らなきゃいけないんだろうか。
どうしてそれが理由のトップに来てしまうんだろう。

そのものを理解することなく、「流れ」とか「イメージ」で答えを導いてしまってる、導かれてしまってる気がしてならない。

TPPに関しては特に、リーマン・ショックとかEUの危機とか、
グローバリゼーションの失敗を目の前で見てるっていうのに、

まだその横で「グローバルだ!」と言ってるっていう
本当におかしなことになっていて

世界恐慌の足音を聞きながら自分の国を守ろうとせず、むしろ
もっと世界に開いて、もっと世界の不況を取り込もうとしてるわけで

ほんとに変な国だなと思う。

自己破壊願望が強い、と誰かが言っていた。
他の政策でも時折感じることだけど、そう思う。

消費税増についても、4割が理解を示しているそう。
http://www.asahi.com/politics/jiji/JJT201112160055.html
(asahi.com2011.12.16)

違和感を持つ。消費者が消費税増に賛成、というのはずいぶん聞き分けがいいなと。

この理解を示す結果は、「財政難だ」「借金大国だ」「増税するしかない」
「避けては通れない」と言い続けてきた、政府やメディアの功績のように感じる。

少し他方からの声を聞けば、

「不況下で消費税を増やしても税収は上がらない」
「デフレ下での増税は死に直結する」
「とっととデフレ対策しろ!」と言っている。

私の信頼する人たちはとりわけこっちだ。

そしてまた不審に思うのは、どうして「今」なんだってことで

この件だけじゃなくって他にも「どうして今」ってことばっかりなんだけど、

復興にかこつけて、増税、増税とやる。

ここぞとばかりに、あれ、これ、とやる。

そういう動きに不信感を持つ。

でも、おかしいのはその政権の中枢にいる人とか役所にいる人とか経済界の人とかだけじゃなくって、
日本の国民もやっぱり同じなんだと思う。

国民像っていうものが実は私にはよく見えていなくて、
正直、本当はみんなどう思ってるのか、どう考えてるのかどれくらい考えてるのか、わからない。

けど、「劇場型」とか「テレビ的」な政治家にわかりやすく票が集まる現状を見れば、
日本人はもっとよく考えて、ものの本質をよく見ようと言いたくなる。

単純化されたスローガンみたいなものに人気が集まるのは、
入口はそれでもいいかもしれないけど、
その奥にある核心まで、見つめて捉えるということを人々がしなければ
単純な扇動で、短絡的な同調で、
みんなで思わぬ方向へ進んでしまって、気づいたら「こんなはずじゃなかった」ということになる危険性がある。

実際、バッシングされる政治家が実は国のことを考えた正当な政策をやっていて
逆に、マスコミが大拍手してる政治家がでたらめだったりする。

そういうことを見抜く、判断する眼みたいなものが心底必要だと思う。

疑うということをしなければ、
偏ったものを本物だと受けとめてしまったり、報じられないことを知らないまま
誤った判断をしてしまう。それって本当におそろしいことだと思う。

世論が信用できないっていうのは、そういうことだったりする。
もちろん全部が全部、全員が全員そうではないんだろうけど、

そういうことがある、そういう人もいるってことは、事実なんだと思う。

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2012-01-09

女性宮家の創設。ダメ、ゼッタイ。

寛仁親王家の長女・彬子女王殿下

今の議論は女性宮家を創設するかしないか(のみ)になっているような気がして、
そこには違和感がある。

男系で続いている旧皇族にお戻りいただくとか、
現在ある宮家をご養子として継承していただくとか、

他に選択肢もあるのではないかと思う。
女性宮家の議論だけが先行しているように感じられる

インタビュー全文
http://mainichi.jp/select/opinion/approach/news/20120107ddm004070141000c.html
毎日.jp「急接近:彬子さま 典範改正に向けた女性皇族自身の思いとは?」

皇統の生命線は「男系の継承」http://sankei.jp.msn.com/politics/news/111210/plc11121018450010-n1.htm
産経ニュースより。

「皇統は、初代の神武天皇から第125代の天皇陛下(今上天皇)まで、
男性皇族の血脈(=父方の系統に天皇をもつ男系)で皇位が伝わってきた。

この伝統は「万世一系」と呼ばれ、日本の国柄の美質として尊ばれてきた。

「女性宮家」の創設で女系のお子が皇位継承権を持つことになれば、「女系天皇」を容認することになる。
文化的背景の異なる外国の王室はいざ知らず、日本では女系の継承で現皇統は失われる。
「女系天皇」の父の系統の新王朝になってしまう。

秋篠宮殿下(46)のご長男、悠仁さま(5)の世代に、
他の男性皇族がおられない問題の解決策は他にある。

旧11宮家の男系男子の皇籍復帰をお願いするのが、皇室の伝統を踏まえた方策だ。
敗戦後の混乱や占領軍の圧力がなければ皇族でおられたはずの方々だ。

今は市井に暮らしていても、悠仁さまが今世紀後半の長い期間、
皇位におられるであろうから、皇籍に復帰される方々が威厳を取り戻す時間は十分ある」

皇統断絶につながる「女性宮家の創設」。

羽毛田宮内庁長官は何を考えてるのか。
秋篠宮殿下も「私もしくは皇太子殿下の意見を聞いてもらうことがあってよい」と。

「旧宮家のご復帰」、「旧宮家の男子をご養子に」
そういう皇位継承の道があるのに、

なぜ政府は「旧宮家」の案をまともに考えようとしないのか。
ライターの谷田川惣さんが興味深いことを言っていた。

第二次世界大戦後の占領体制下で、11の宮家が皇族を離脱させられた。

この宮家について口にすること自体、アメリカの顔色を窺ってはばかられる。
ましてそのご復帰を唱えることは、占領体制をひっくり返すことになる。

アメリカに逆らえない日本政府はこれを検討したがらない・・・。

「政府が検討すると必ず女性天皇とか女性宮家とか女系の方向に行く。
なぜなのかと考えていて、京大の中西輝政先生にお話をお聞きした時に
"今の官僚というのは一定時期から完全に戦後体制。
東京裁判史観にどっぷり浸かっているということで
旧宮家の復活っていう方向で検討するというのは
GHQの染料体制をひっくり返すっていうことにつながるということで
そこをなるべく避けよう避けようとするという。その方向なんじゃないかと。
官僚が戦後体制の延長線上で行く以上は、旧宮家の話は絶対にしない、一切検討しようとしない、という状況が続くだろう」
http://www.youtube.com/watch?v=WdVJJxAxDBYより)

「女性皇位継承」は別として「女性宮家」に限って検討するとしたみたいだけど、

じゃあ何のために今回の話が始まったのか?

はじめは「安定的皇位継承の維持のため」と言った。
次には「皇室活動の安定性のため」と言った。
「皇族の減少」が問題だと言う。

「皇族の減少」の何がそんなに問題なのか。

けっきょく「安定的皇位継承」に問題があるから、皇族の減少は問題だっていう論理じゃないのか。

ましてや皇室活動のために御皇室があられるわけじゃない。

人数確保の為に皇統の正統性が失われるようなことがあったら本末転倒だ。

私は、本当にもう何の手立ても無い。
四方八方手を尽くしたけど男系じゃ繋げない。となった時は、
それはしょうがない、と思う。
だけど、それはその時だ。

正統な皇位継承の道がある現段階で、

突如「喫緊の課題だ」、「女性宮家創設を検討する」と言い出して、

それ以外の選択肢は無いんだ、という進め方、その乱暴さを不審に思う。

様子を見ていると、これは何かの手段ではなくて、実は「女性宮家」の創設そのものが目的なんじゃないかと思えてくる。

私は皇統の正統性を維持することは第一だと思うけど
皇族の人数を確保することは第一だと思わない。

「宮家に限る」と言いつつ、女性の宮家が創設されれば
女性天皇、女系天皇が議題になることは目に見える。

そうじゃなければ何のために女性宮家を創るのか意味がわからない。

結局は女系天皇への布石になるんだ。

世論調査では約6割が前向きに捉えているそう。

どうしてなんだろうか?まさか「男女同権だから」なんて言わないよね。
理由を聞いてみたい。

こういうなかで思うのは、何より
天皇陛下や皇太子殿下、秋篠宮殿下のお考えが知りたいってことだ。

それを聞くことなく勝手にどうのこうのやるのは、
やっぱりおかしいと思う。

モラルとして、おかしいと思う。

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2012-01-04

新年

2012年になりました。
新年ですね。

帰省してきました。
実家でほっこりお正月。幸せだなぁ。

またがんばろう。ましな人間になるように。

本年もよろしくお願いします。

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2011年に996回爆発した桜島。
1000回まであと4回だったねー。3年連続記録更新。

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