「世論調査」も「世論」も疑わしい。
「世論調査」ってどこまで信用できるのか疑わしいなと思う。
けどそれより深刻なのは、「世論」そのものが信用ならないってことだと思う。
「信用ならない」っていうのは、
多数意見が必ずしも正しいわけじゃないってことでもあり、
回答者がどれほど当該問題について真剣に考えてたかどうか疑わしいってことでもある。
問責決議を受けた山岡・一川両大臣について3割が「辞めなくてもよい」と答えたそう。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120109/stt12010910160003-n1.htm
(msn産経ニュース2012.01.09)
「コロコロ代わってちゃ進まないじゃないか」と聞くことがあるが
なにも言いがかりで問責したわけじゃなく、それ相応の理由があったわけで
そんな大臣が居座ったところで、どんな方向に進むっていうんだろうか。
それより、問責決議を受けても辞めなくてよい、そんな前例を作ってしまったら、
どんなへんてこな人が大臣になっても、やめさせられなくなってしまう。
「不適任です!やめてください」と国会で決めたわけで、
国会は国権の最高機関だっていうなら、
国会議員は国民の代表だっていうなら、日本は国民主権だっていうなら、
じゃあ、問責を無視しちゃいかんでしょう。
なのに、「辞めなくてもよい」と答えた人が3割もいたことに、驚く。
そして、「女性宮家」創設については、6割超が「つくる方がよい」と答えたという。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2012010902000023.html
(東京新聞2012.01.09)
この調査の信憑性はさておき、その程度の認識だってことはいえるんじゃないかと思う。
女性宮家の何が問題なのか、なんのための提案なのか、
どれほどの人が真剣に考えて、自分の意見を持ってるだろうかと。
テレビのニュースや新聞の見出しを眺めてるだけでは
そこで見聞きしたもっともらしい論をなぞるだけで
自分の意見のように思えたものは、単なる印象でしかなかったりする。
「TPP反対は大衆迎合だ」と田原総一朗さんが言ったらしいけど、
世論っていうのはたいてい大衆迎合している。
TPPの世論調査では、賛成が5割を超えているらしい。
年末の南日本新聞社の調査による。
5割という数字にがっかりしつつ、それよりも私が気になったのは賛成理由の方だ。
「参加しないと世界の流れに遅れる」とか「世界の流れに逆らってはいけない」というのがトップに上がっている。
前も言ったけど、どうしてこれが理由になるのか、どうしても納得できない。
世界の流れが間違ってることだってあるのに、どうして世界の流れに乗らなきゃいけないんだろうか。
どうしてそれが理由のトップに来てしまうんだろう。
そのものを理解することなく、「流れ」とか「イメージ」で答えを導いてしまってる、導かれてしまってる気がしてならない。
TPPに関しては特に、リーマン・ショックとかEUの危機とか、
グローバリゼーションの失敗を目の前で見てるっていうのに、
まだその横で「グローバルだ!」と言ってるっていう
本当におかしなことになっていて
世界恐慌の足音を聞きながら自分の国を守ろうとせず、むしろ
もっと世界に開いて、もっと世界の不況を取り込もうとしてるわけで
ほんとに変な国だなと思う。
自己破壊願望が強い、と誰かが言っていた。
他の政策でも時折感じることだけど、そう思う。
消費税増についても、4割が理解を示しているそう。
http://www.asahi.com/politics/jiji/JJT201112160055.html
(asahi.com2011.12.16)
違和感を持つ。消費者が消費税増に賛成、というのはずいぶん聞き分けがいいなと。
この理解を示す結果は、「財政難だ」「借金大国だ」「増税するしかない」
「避けては通れない」と言い続けてきた、政府やメディアの功績のように感じる。
少し他方からの声を聞けば、
「不況下で消費税を増やしても税収は上がらない」
「デフレ下での増税は死に直結する」
「とっととデフレ対策しろ!」と言っている。
私の信頼する人たちはとりわけこっちだ。
そしてまた不審に思うのは、どうして「今」なんだってことで
この件だけじゃなくって他にも「どうして今」ってことばっかりなんだけど、
復興にかこつけて、増税、増税とやる。
ここぞとばかりに、あれ、これ、とやる。
そういう動きに不信感を持つ。
でも、おかしいのはその政権の中枢にいる人とか役所にいる人とか経済界の人とかだけじゃなくって、
日本の国民もやっぱり同じなんだと思う。
国民像っていうものが実は私にはよく見えていなくて、
正直、本当はみんなどう思ってるのか、どう考えてるのかどれくらい考えてるのか、わからない。
けど、「劇場型」とか「テレビ的」な政治家にわかりやすく票が集まる現状を見れば、
日本人はもっとよく考えて、ものの本質をよく見ようと言いたくなる。
単純化されたスローガンみたいなものに人気が集まるのは、
入口はそれでもいいかもしれないけど、
その奥にある核心まで、見つめて捉えるということを人々がしなければ
単純な扇動で、短絡的な同調で、
みんなで思わぬ方向へ進んでしまって、気づいたら「こんなはずじゃなかった」ということになる危険性がある。
実際、バッシングされる政治家が実は国のことを考えた正当な政策をやっていて
逆に、マスコミが大拍手してる政治家がでたらめだったりする。
そういうことを見抜く、判断する眼みたいなものが心底必要だと思う。
疑うということをしなければ、
偏ったものを本物だと受けとめてしまったり、報じられないことを知らないまま
誤った判断をしてしまう。それって本当におそろしいことだと思う。
世論が信用できないっていうのは、そういうことだったりする。
もちろん全部が全部、全員が全員そうではないんだろうけど、
そういうことがある、そういう人もいるってことは、事実なんだと思う。
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